「現代建築家宣言 Contemporary Architects Manifesto」


生活者の視点から建築、都市のあり方を問いかける、批判精神を軸とした建築雑誌『建築ジャーナル』にて、若林が連載中。 現代建築家とは何なのか、なぜ・何を・どのように宣言する必要があるのか。
建築界のこの底知れぬ閉塞感と夢の無さを肌身で実感する平成生まれの20代建築家が、 それでも建築に希望を見いだす術を模索した痕跡。

第 一 回|2019年3月号


宣言なき宣言文が現代を切り拓く


――私は建築を愛し、建築家を嫌悪する。 切実さの欠落した現在的な建築界において、社会に対する射程を再考しなければならない。そこで「大衆の社会」へと連関し、影響力を持つためのステートメントを提示しよう。それはこれまでの宣言とは別様な仕方を思索するspeculateものである。多数のリアリティを寛容し、「見たままのリアリティ」を捕捉し続けるもの。それは、宣言しない宣言文としての<現代建築家宣言>である。




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第 二 回|2019年6月号


〈弱き者〉の〈不安定性〉、あるいは〈可塑性〉の享受


〈不安定性precarity〉をキーワードに、近代社会を支える「巨大機械」思想に対する〈弱き者〉の〈不安定性〉、〈可塑性plasticity〉の享受を可能性の一つとして提示する。そして そこに立ちはだかる建築界の〈男性性masculinity〉に対する問題提起。




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第 三 回|2019年9月号


人類、崇高さ、死 ―表象不可能性の先へ投擲せよ―


〈崇高さsublime〉をキーワードに,近代社会が指向する理想的な人間(=Man)および人間中心主義の超克を目指す。〈人類〉のための建築は,「善悪の彼岸」の先に,「生/ゾーエー」との死の紐帯において成立する。




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第 四 回|2019年12月号


ぶきみなきみをきみはわらう


〈不気味さuncanny〉をキーワードに、現代の人々が忘却し、潔癖症的になっている「生」のその生々しさと向き合う。人間、動物、機械を超えた「生命」の確からしさを、〈滑稽さcomique〉、〈不気味さ〉を土台にしたパースペクティヴによって獲得する。




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第 五 回|2020年3月号


〈可謬性〉の海を漂うことは 〈誤配〉に身を任せることであり、 それは〈偶然性〉の暗闇で迷うことであり、 それは無数の〈模倣〉の連鎖であり、……


〈可謬性fallibility〉をキーワードに、正しさではなく誤ることの価値を問う。そこで、〈誤配〉、〈偶然性〉、〈模倣〉と様々に誤謬の海を漂いながら、可塑的に変化していくことの可能性を探る。




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